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その人にとって最も必要とされる介護計画であり、最も心地よい介護計画であることが大切なわけでしょ?介護保険の一割負担が多い人だから多く介護時聞を割かなければ、と考えるより、入所者全体を見て相対的に考えればいいんじゃないか、要介護度だけじゃなくて、性格や好みも合わせてね。 どう思う?」こんな事を相談された私は、「あなたの考え方でいいんじゃないの?施設の良さは二十四時間介護人の目があるということなんだから、特に介護度に応じて各人の介護の量や質を変えることなんて考えないで、むしろその人の個性にあった介護をすればいいんじゃないの?中にはあまりかまわれるよりほっておいてほしい人もいるでしょうし、始終声をかけてほしい人もいるでしょう?ちょっとでも肌に触れることで気持ちが休まる人もいるし、少し長い時間マッサージをしてあげると痛みが和らぐ人もあるじゃないの。
私が短時間お手伝いしていても、そんなそれぞれの個性が見えてくるのだから、寮母さんたちには、家族のように入所者の個性が分かっているはずよ。 その人に合わせたケアプランすなわち介護計画を立てることは介護保険制度に関係なくするべきことでしょう。
そのための合理的な記入方法をもらったと思えばいいんじゃないかな。 その介護計画が実行できたかできなかったかをO×で記して、なぜできなかったかを記していけば、それがそのまま介護日誌であり、家族への報告書にもなると思えば便利なものね」こんなことを話してから、ケアプランを立てるのに時間ばかり割いて、肝心の実行ができなかったら、施設でのケアプランはマイナスだな、と思っていました。
契約社会へ自覚を持ってそんな時にある新聞の欄に、うれしい声が載っていました。 この投稿を読んだら、施設で介護をしている人たちにとって、大きな指針となるだろうと思えたので、ここにそのまま全文を転載させていただきます(『A新聞』(朝刊)二千年五月二五日、『声』の欄から)。
保険での介護気兼ね消えた無職Yf(和歌山県八六歳)介護保険制度の施行直前の見直しには失望した。 六十五歳以上の保険料徴収を半年間凍結するなどと聞いて、「福祉はタダ」という発想の延長線上にある、名ばかりの「保険」かと思った。
特別養護老人ホームで暮す私は、ケアプラン作成の時も、日課の歩行訓練に付き添いを依頼したものの、二十分はかかる練習に寮母の独占は無理と、初めはあまり期待していなかった。 それがなんと、介護保険がスタートして五十余日がたつた現在、私の枕元に張ったカレンダーには、歩行練習をしたことを示す○印が連日のようについている。
たまの×印は、私の体調が悪い日だけ。 以前は、付き添い依頼に寮母がいくら機嫌よく応じてくれでも、多忙に追いまくられているのを見て、言い出すタイミングを計っている内に、まま言いそびれた。

それが今は寮母から声がかかる。 「すみません」と言えば、「契約だから」とユーモア交じりに笑い声を添えた返事がかえってくる。
ビジネスとして淡々と処理され、気がねや遠慮はいらない。 そうか、「措置」が「契約」に切り替えられるとは、こういうことだったのか、私は初めて納得した。
この一文を読んで、八十六歳の方がここまで契約社会のプラス面を受け止めていられる事に、まず驚きと尊敬の念を抱きます。 多くの人たちがこの方のように、「職業意識」と「契約」という問題を、冷たい杜会と受け止めないで、契約による責任社会の在り方として肯定的に受け止めることができれば、介護保険制度も社会の一員が契約のもとに負担し合い、互いに支え合う仕組みとして明るい展望が見えるようです。
社会は一人ひとりから成り立ち、一人は社会によって支えられているのですから。 医療保険と介護保険の使い分け自宅より施設の方が気楽だ私の母方の遠縁に当たるHkおじは、三年半ほど前に脳出血で倒れて、一時はもうだめかと親戚中が思っていました。
ところが医者が名医だったためか、本人の生命力がよほど強かったのか、奇跡的に回復し、いくらかの障害は残したものの、一応安定して自力でトイレにも行けるようになりました。 このHkおじはなかなか気骨のある男性で、奥さんにはすでに先立たれていましたが、子どもが二人とも女の子で、娘たちは、「家に来て養生をしてください」といってくれるのに、「わしは娘の婿さんにまで世話になるほどずうずうしくはない。
それぐらいなら施設に入って、他人様の専門職の介護人の世話になった方がずっと気が楽じゃ」と同居することを拒みます。 周囲の者も、「おじさんも頑固ね」という者もいれば、「おじさんの気持ち分かるよ」という人もいます。

結局本人の希望を通してあげよう、それに長くなると問題も起きかねないというおじの子ども夫婦への配慮かもしれない、ということになって、早速特養探しを始めました。 特養に入所できた運よく病院を退院するころには、A特養に空きベッドがあるとの通知を受けました。
周囲の心配は無用だったようで、本人も寮母さんたちの慣れた介護に、「さすがプロじゃ、家ではこうはいくまい」と満足していました。 親戚の者たちも施設のいいところを新たに発見しました。
もしおじが、娘夫婦と同居していたらば、見舞いに行こうと思っても、娘たちの家の事情を考えて、かえって頻繁に行っても邪魔だろうとか、土産は何にしようかなどと、神経を使います。 その点施設であれば、面会時間は長くありますし、おじへの土産だけを考えればいいのですから気楽に見舞いに行けます。
気難し屋のHkおじも、入れ替わり立ち替わり来てくれる甥や姪や孫や、従兄弟やの見舞いに素直に喜んでくれます。 三年ほどは無事に過ぎ、むしろ元気が出て、健康な時代には考えられなかったことですが、入所者の中で自分より身体が不自由な人の世話を焼いています。
それが結構楽しそうなのです。 おじの場合には今までは年金もその他不動産収入もいろいろあったので、毎月の支払い額が、所得の割合でいくと、二十万円ほどになっていました。
ところが介護保険制度が始まってからはおじは要介護三に認定されたので、毎月の支払い金が、約五万円ほどでいいことになりました。 これにはおじも大喜び、「日本の社会保障も捨てたもんじゃない。
わしゃ死ぬまでここにおるぞ」とご満悦です。 この話を聞いた私は、またあまのじゃくが顔を出して、金持ちにとっていい制度で、貧者にとっては負担がきつい制度じゃおかしいじゃないの、と内心思ったものです。
そんなことで娘たちもほっとしていたつい最近、緊急にまたもといた病院に逆戻りです。 おじが再度脳出血を起しました。
特養は終の住みかではなかったよほど悪運が強いのでしょう。 二か月ほど入院して、またまたおじは再起しました。
「わしの好きな特養に帰れるぞ」と張り切っていたのですが、懐かしいA特養のHkおじのベッドはすでに他の人が入っていて塞がっていました。 一つも空きがない上に十人近い人が空きを待っているというのです。

他も探してみようと娘たちが言っても、「A特養がわしの住まいだし、あそこでなじみの寮母さんに固まれて最後の時までを過したいんじゃから、どこでもいいというわけにはいかん。

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